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2010年10月11日 (月)

日本人の魂

新渡戸稲造の名著、”武士道ー日本人の魂”、を読みました。


龍馬伝、楽しく毎週みていますが、坂本龍馬が生きた時代のたかだか140年後の現代です。
100年以上前のことをはるか昔のように以前は感じていましたが、最近はたかだか!と感じてしまいます。
高々140年の歴史の中でみると日本人のDNA、魂がそう簡単に変わるものでしょうか?

豊かで便利になった現代社会ですが、以前より心が貧しくなっているように感じるのは僕だけでしょうか?

そんなことも考えてこの名著を読んでみました。


武士道とはサムライの行動模範を示すものではなく、宗教を超えて、日本人の道徳教育の礎になるもの、日本人の魂と説いています。
義:卑怯な行動や不正な行為ほど恥ずべきものはない
勇気とは:正しいことをすること
勇敢な心が精神に定着すると、平静ー心の落ち着きとなって現れる。
仁とは、愛情、寛容、他者への情愛、同情、憐憫は常に最高の徳
礼とは他人の気持ちを思いやる心のあらわれ、優雅な同情心。
恥、度量、忍耐、について克己:感情の抑制、感情を簡単に外に出すことは恥 などといった表現に改めて日本人の道徳観を改めて勉強させてもらった気がします。

1899年にこの名著はBUSIDOU the soul of Japanとしてアメリカで発行されています。
その時点で、明治の近代化の中ですでに武士道は失われつつあることを新渡戸は指摘しています。

快楽的道徳理論の発明と提供、詭弁家、経済家、計算家の新時代、功利主義、唯物主義などにより武士道は失われいくだろうとも明治の時代にすでに現代社会をも予測しています。

その上で最後にこういう文で締めくくっています。

”武士道は、独立した倫理の掟としては消えるかもしれない。しかしその力は地上から滅びることはないだろう。武人の勇気や名誉の教訓は、破壊されるかもしれない。しかし、その光と栄誉は、その廃墟を越えて長く生き延びるだろう。その象徴する桜の花のように、四方からの風に散った後もなお、人生を豊かにするその香りで、人類を祝福してくれるだろう。”

なかなかシビレル事を言ってくれます。

日々の医療現場の中でも、日常生活の中でも、当たり前のことかもしれませんが、その精神を意識することは、荒れ果てた現在社会人の心に潤いを与えてくれそうな気がします。

ところでこのブログにたまたま出てくる愛光高校の同級生のT君(ギターをもった髭おやじ)、高校時代から彼は自分は高杉晋作の家系だといってましたが、本当なのでしょうか?


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