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2008年11月27日 (木)

些細な言葉のパワー

水曜日は仕事が終わった後新幹線に飛び乗り、点滴を持って東京へ往診です。

実は母親が東京で風邪をひいて食欲がないとのことで妹の家に滞在する母親の往診です。医者の不養生ではないですが、逆に身近にも”たかだか風邪だから大げさに騒いで!”と醒めてしまいがちです。

母は元気ですが、やや気が細くなってきたようにも感じます。点滴をして処方してもらった薬を整理して、自分で用意してきた薬と組み合わせて内服指導したら、ずいぶん安心し状態も改善したようでした。母に喜んでもらえたことはささやかな親孝行なのかなと思いました。

”実家では長くかかりつけの医院に行けば長年知った医師がすぐに診てくれる。風邪でも点滴すればすぐによくなっていたのに、東京の医者は点滴も打ってくれないし、自分の希望も遠慮して言えない。風邪でこんなに苦労したことはない。”との不満をぶつけられました。

”そんなことはないよ!”と思いますが、しばしば母の患者としての立場の言葉を聴くと自分の診療の戒めの言葉として感じることもしばしばあります。母親の愚痴にカチン!とくることもしばしばですが、同年代の患者さんに接していると僕にとっては良いモデルケースになって勉強になります。

そのきっかけとなった以前の母の言葉が

私くらいの年齢の患者さんに<それは歳だからしょうがないですよ!>とは絶対に言ってはいけない!”

というものでした。医師は病気ではないので心配要らないですよ!という意味で、しばしば<それは歳だからしょうがないですよ!>と使うことが多いですが、そう言われると、見放されるような不安や不快に思うことがあることを知らされて、意外に感じてしまいました。全員が全員そう感じているわけではないでしょうが、そう母に言われてからは、簡単には<それは歳だからしょうがないですよ!>を使わなくなりました。確かに、心配要らないですよ!といっても喜ばないで不満そうな患者さんがいる事も多いのを臨床で感じることがあるからです。

そういう場合は、<それは歳だからしょうがないですよ!>とは言わずに、”心配いらないですが、こうすればよくなることがありますよ!”とか”この薬飲むと効くことがありますよ”といった、ポジティブな言葉をかけるようにすると満足感を与えることができるように感じます。

今回新たに母から出された命題は”気軽に<病は気から>とは言ってはいけない”でした。なかなか難題を提示してくれるものです、、、。

そういえば、最近耳にした話です。以前中学生の男の子が偏頭痛で受診しました。成績不振もあってしばしば頭痛を訴えるとのことで母親から付き添われて初診しました。

僕がCTをみて説明するときに、意図せずに”立派な脳をしてるね~勉強できるよ”と何気なく言ったそうです(そんなこと言ったのか良く僕は記憶にないのですが、、)。その後、特に脳には器質的な異常がないこと、偏頭痛であること、対処法、治療法についてオーソドックスにお話して診察は終わりました。

その男の子は成績不振で自信喪失気味で生活態度も荒れてご両親が頭を悩ましていたようでしたが、その診察を境に、生まれ変わったように自信を持って、勉強も進んでするようになり成績も見違えるように良くなったとのことで、母親がすごく僕の言葉に感謝しているという話を伝え聞きました。

この事例は”病は気から”ということに当てはまると思いますが、それは結果であって、先の見えない当事者(=患者さん)にとっては、あいまいすぎてわからない言葉=不安を解消することにはならない言葉なのでは?と思います。いろいろと勉強になります。

僕自身意図したことではありませんし、たまたまだったのかもしれませんが、些細な言葉のパワーを考えさせられます。

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