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2006年6月28日 (水)

明るいうちからビール

仕事が早く終わり、Y君とS君と食事に出かける。夜の7時でもまだ空が明るく、昼間から少し冷えたアスファルトの匂が残る空気に触れると、余計仕事からの開放感が煽られる。

和匠 月の灯り  

Tukinoakari1 Tukinoakari2 小さな入り口で隠れ家的お店。入ると1階はカウンターで、殆どが同伴客ばかり。密会系の空に、僕ら男3人は結構野暮ったい。

明るいうちから飲むビールは美味しかった。たまにはこういうのも贅沢でいいなー。

先週末に静岡の静波海岸にキムタクが来てたらしい。サーファーには結構有名で関東からもたくさん来ている。以前朝波乗りしてから病院にくる先生も何人かいた。

S君、キムタクと静波のサーフショップで遭遇。オーラが違う!

Kimutaku

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2006年6月25日 (日)

旧友と温泉

以前茨城県の病院で一緒に過ごした友人M先生がいる。当時はお互いに独身一人暮らしで結構破天荒な生活を送っていた。

そのM先生はしばらく前から浜松で仕事をしていて、たまに遊びにきたりしていたが、その彼も今月一杯で実家のある加賀百万石、金沢市に戻ることになった。金沢では実家の整形外科を継ぐらしい。帰る前に会おうよ!という話になり、家族ぐるみで焼津グランドホテルへ。Yaizugrand1

天気がよければ絶景だったのだが、曇ってもやがかかっていたので富士山は見えず。

参考までに晴れていればこういう風になります。Yaizugrand2

彼も2児の父親。子供が小さいのでこういうところで家族ぐるみで、温泉に入って、食事して飲むのはリラックスできて楽しめる。

座敷で皆で食事をした後は、二人で遅くまでホテル内の居酒屋のカウンターで飲んでいろんな話をする。彼も丸くなったものだ。お互い様かもしれないけれど、、、。

僕にとっては明るい楽天的なM先生がずっとイメージにあるけれど、話の内容からして、二人とも老けたのか?大人になったのか?そういう年頃なのか?複雑な気持ちになった。

しばらくは簡単には会えないけれど、とにかくお互いに頑張ろう!!

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2006年6月23日 (金)

誕生日

誕生日。もう喜ぶ歳でもないけれど、、。やはり”おめでとう”と言われると目じりが下がってしまう。多くの方からメッセージや、またIさんからはステキなプレゼントも頂き感激しました。ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。

せっかくの誕生日だったが我が家では娘が腹痛と発熱でドタバタしてしまった。日中であれば自分のクリニックで検査できたのだが夜になって症状が強くなり虫垂炎も疑われたので救急センターに連れて行く。医者が家族を連れて行くのも何か屈辱感があるが、事情が事情なのでしょうがない。当直の小児科の医師に事情を説明し血液検査をしてもらう。

採血は苦労の末、3回目にして成功。娘から”なんで何回も刺すの~!!”と泣きながら突っ込まれていた。医者の親が立ち会って、逆に当直の先生にもプレッシャーをかけてしまった。申し訳ありませんでした。

結局何事も無く、虫垂炎ではなさそうで帰宅。娘もひそかにナーバスになっていたのか急に元気になってけろっとしている。

結果よければ全てよし。ドタバタしたけれど娘が手術するようなものでなくてよかったことが一番のプレゼントだったかも。忘れられない誕生日の思い出になりそう。

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2006年6月22日 (木)

DNAが震える?

九州の実家から電話があり叔父さん(父の兄)が亡くなった訃報を聞く。親戚も高齢者が多くなり、年々訃報を聞くことは珍しくはないけれど、なんとなく今回は自分自身少し寂しい気持ちになった。

叔父さんは僕の父の8人兄弟の長男で、早くして父親をなくしていたので、一家の大黒柱として面倒見がよくて、いつもニコニコしていた。僕が子供の頃はお盆や正月はその家に親戚が大勢集まって、賑やかだった。子供ながらにも大勢のいとこ達と遊べるので楽しかった。その後、子供たちは大人になり、それぞれ地元を離れていった。8人兄弟のうち4人は亡くなり、そして叔父さんもいなくなった。大人になって、しばらく叔父さんとは交流がなかったけれど、子供の頃からずっと父の兄として頼りがいのある人という印象をずっと持っていた。Time waits for no one. 今まで長い間、お疲れ様でした。

そういえば、母方の先祖、一族に塚本嘉次郎という人がいる。一族の中で早くに九州から東京に上京した方、あまり何をしていたのか知らなかった。最近ある親戚の方から詳しいことを教えていただき、その当時の文献を送ってくれた。Tsukamoto2Tsukamoto1

大正13年に現在の銀座4丁目2番地に塚本商工舎を建て、昭和4年には数寄屋橋ビルに塚本興業株式会社を設立して主に音楽関係のマネージャー(現在でいうプロモーター)をしていたらしい。戦争前の時代に海外から主にオペラやバレエなどを日本に招待したり、日本人によるオペラ公演、学校などに尽力したそうで、その時代に日本人ソプラノ歌手を海外に連れて行って公演を企画などしていたらしい。

1955年にロシアからダニロアバレエ団を招待し日本公演(15公演、東京、名古屋、京都、大阪、広島、福岡、長崎、熊本など)を行っている。そのパンフレットに彼の言葉が書いてあった。Tsukamoto3

人の世に伝統は尊い。過去なくして現在はない。現在はまた永遠の未来へ続く。そして我々は現在に満足していない。そこに工夫、発明、創造がある。かくして日々、新たな天地は拓けて行くであろう。

人は決して偶然そこにいるのではない、ダヴィンチコードではないが血の系譜、DNAがあるのだろうか?

いずれにせよ、少なくとも僕のDNAが共振した。

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2006年6月19日 (月)

Viva マラドーナ

ワールドカップで寝不足の日々が続いている。今回はアルゼンチンが凄い!とういうかマラドーナが熱い!

スーパースターなのにサポーターとしてスタンドで大騒ぎしている姿のオーラは凄すぎる。誰も真似が出来ないし、あのパワー、雰囲気は何なのでしょう?憧れてもまねできない。マラドーナのパワーがあれば、このW杯でアルゼンチンは優勝するんじゃないだろうか?とさえ思ってしまう。

世界の祭典を一人の元サッカー選手が、これほど盛り上げられるのは、ジーコでもプラテイニでもベッケンバウワーでも出来ない。

Viva マラドーナ

仕事が終わった後、今日は県立病院呼吸器科のS先生を囲んで、6人の先生と勉強会。テーマは様々な咳疾患で、専門の先生が考える咳の診断、治療法など参考になる話ばかりだった。講義の後は食事をとりながら質疑応答。ざっくばらんに話せるとその人の人間味がでて、身近な些細な事の質問も気軽にできて楽しい。

M消化器内科のM先生、泌尿器のG先生と2次会へ。それぞれお互いの悩みを話し合えるのはストレス解消にもってこい?そういえば17日にも循環器のI先生と飲みに行ったばかりだった、、?

この二人、今日は初対面だったが、驚くべき共通点が!。 二人とも診療所に泥棒に入られたことがあるそう。最近多いみたいで物騒な世の中。

当院も気をつけないと!

心配事がない人間なんていない。当たり前のことだけど、そのたびに小さい自分に気づく。だからマラドーナを見ると元気になるのかな。3人でこの話で盛り上がった。

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2006年6月15日 (木)

歴史

大学で午前中は、いろいろと調べ物や執筆をし、午後は外来。手術予定の患者さんの手術法などについて後輩医師たちと検討する。

いよいよ我が脳神経センターの建物が改築のため取り壊されることになり、今週末に脳神経センターを偲ぶ会が開かれる。

S47年に日本初の脳神経を専門に扱うセンターとして建てられたが、偲ぶ会では昔のなつかしい写真をスライドで流すとのことで医局で古い写真を幹事が整理していた。

33年前の当時の写真を見ても、顔がわかるのはごく僅かで殆ど知らない人ばかり。僕の大先輩ばかりであるがいかにも時代を感じさせる。まだ脳神経外科そのものが出来たばかりで、脳手術は殆ど助からない!といわれていた時代である。当時の医師の顔には、新しい分野に携わる気概や若いパワーに満ち溢れている。

ある写真には多く看護婦さんたちとの当時の飲み会の写真などある。今も現役であれば総婦長クラスだろうけれど、医局の若い医師達は、興味本位で美人の女性を見つけて当時を知る年配の先輩医師に”これ誰ですか?”と聞いていた。

年配の医師: ”誰だろうー?” ”あー思い出した、この子自殺したんだよ”

、、、、、、、、、。

他の集合写真をみて、”このうち半分以上もう死んじゃったねー”

、、、、、、、、、。

ここまで来ると思い出と言うより、歴史である。高々30年でそんなにもかわるものなのか!

最後にそのベテラン先輩医師は幹事たちに一言。

”壊す前にちゃんと御祓いに来てもらえよ!この建物の中で苦しんで死んでいった患者さんたちが大勢いるからなー”

、、、、、、、、恐ろし過ぎる、、、、、。

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2006年6月14日 (水)

在宅医療

昼休みに往診に行っている。今週は往診する機会が多かった。高齢化社会で老人が老人を介護する時代でこれからも増えて行くと思うが、現場は皆大変だと思う。這ってトイレに行ったり、それこそ寝たきりで、介護者のほうがボロボロになっているケースもある。

状態が思わしくないと頻繁に電話がかかってくるので大変だけども、感謝されるとうれしいし、やりがいも感じる。また患者さんの普段の生活を生で感じることが出来るので、外来でみるよりもより患者さんを知ることが出来る。

今後の医療制度では老人医療費を抑制するために在宅医療を推進するという。現場としてみていると、在宅医療は今よりももっとマンパワーが必要となるし、家族の負担も多くなる。そのためには様々な援助が必要になり、本当に医療費を抑制できるのか?と疑問に感じてしまう。もっともっといろんな人に現場を知って欲しい。

僕としては、今のところは、求められれば何とか期待に応えたいと思っている。昼休みを割いて往診に付き合ってくれるナースにも感謝。”患者さんのお家に行くの好きですからいいですよ”と言ってくれるので、僕はうれしい。

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2006年6月 8日 (木)

熱烈デスクワーク

東京に行かない休日。朝からいろいろな雑用を済ませた後は、クリニックの院長室にこもって書類を書いていた。

ある交通事故患者さんの後遺症認定を巡っての訴訟の意見書。意外ともめている患者さんは多くて大変。誰でも引き受けるわけではないけれど、長く通院していて本当に困っているようなので頼まれてしまった。朝から夕方までずーっと資料とにらめっこ。何とかアウトラインだけは見えてきたけれど、締め切りが迫ってきているのにまだ完成せず。

休みの日を使うしか出来ないので辛いけれど、意外とこれはこれで普通の仕事とは違うので、やり始めると熱中している自分に気づいた。

毎日の仕事は多くの患者さんの話を聞いて、答えてやらないといけない人対人。患者さんは一人一人違う。同じ事実を説明するにしても、自分の自我を押し殺して、相手に合わせて話してあげないといけない。

最近ちょっと人に対して疲れているんだなーと思ってしまう。リフレッシュせねば!

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2006年6月 7日 (水)

完ぺき主義者ではないけれど

Nakaniwa 僕の診察室の前の廊下には狭い中庭?がって木が植えてある。昨年はやっと新しい芽が出たと思ったら、大量の毛虫に葉を全部食べられて情けない姿だったが、今年は5月は雨が多かったので、毛虫も発生せず、きれいな緑。

緑を眺めてリフレッシュしたいけれど、最近、自分ながらに疲れてるなーと思ってしまう。患者さんからも”先生痩せましたー?”と言われてしまう。うれしいよーな悲しいよーな。でも体脂肪はまだまだで、筋肉はむしろ衰えていると思うと健全な痩せ方じゃない。

朝クリニックについて8時半過ぎには患者さんたちが来院し始める。最初が肝心なので診療開始時間を待たずにスタートダッシュする。うまくいくと患者さんをあまり待たせずに11時半くらいまで順調にいける。今日も朝からダッシュするがなかなか患者さんが来るペースに追いつけない。12時半くらいに一段落するが数人と面会して、午前中の診察のカルテ整理を始める。昼を食べないのが最近習慣になっている。お茶を飲んだりだらだらカルテを書いて2時くらいに一通り終わる。余った時間は午後の時間が始まる3時まで一応ゆっくりできる。今日は2時頃から雷がゴロゴロなって雨が降り始めた。今日の午後は少なくて楽勝!!などと思い、書類を書いたり余裕をかましていたら2時半頃から患者さんたちが着始め3時前には待合室に10人くらい待ってる。あわてて早めに診療を開始するけれど午後も患者さんをお待たせさせることになった。

弱音を吐いちゃいけないけれど、さすがに疲れる。自分は昔から完ぺき主義者ではないけれど、、、、。いい加減にできる??

先日ブログに書いたツバメは翌日には残りの2匹も飛べるようになり、その日は全員巣に戻り寝ていたが、翌朝には巣立って帰って来なくなった。

I@はーまつさん  コメントありがとうございます。  そうでした!アホの坂田は坂田明じゃなくて坂田利夫さんでした。訂正いたします。

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2006年6月 4日 (日)

真っ赤なトマト

栃木県の患者さんから自分の家の畑で作ったトマトを送ってきてくれた。以前にも大きなネギやいろいろな作物を送ってきてくれる。大してたことは僕はしていないので恐縮だが、うれしい。とても自分だけでは食べきれないのでスタッフにおすそ分け。

Tomato 食べてみたけれど味が濃縮されていて甘くて美味しい!!。

クリニックの2階にある今年のツバメの巣には5羽の雛が孵り、みるみる大きくなって、朝そのうちの3羽が巣からバルコニーの地面に降りて危なっかしく飛ぶ練習をしていた。と思ったらあっという間に日中はどこかに飛んでいってしまった。残りの2羽はまだ勇気がないのか巣で相変わらず親から餌を運んでもらっている。もう直ぐこの2羽も飛べるようになったら巣立ちも近いのかも。

成長が早いことはいいことなのかもしれないけれど、ツバメのような場合、本能が勝って成長するので、自分が雛のころの記憶などすぐに忘れるらしい。人間は歳をとるに従い忘れることを恐れている。がむしゃらに生きて、後悔しないのが一番かも。

今日は日曜日の救急当番のため朝8時から夕7時まで診療。比較的のんびりしていたけれど、スタッフの皆様お疲れ様でした。

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2006年6月 1日 (木)

アホの坂田

大学病院の外来の帰り、6時10分東京発の新幹線にぎりぎり飛び乗った。指定席が時間がなくて買えなかったので自由席に行くと超満員。仕方ないのでグリーン車に移動して、ガラガラの席のひとつに座って途中車掌さんにお金を払った。

車掌さんから”熱海からお客さんが乗ってくるかもしれませんが、その際は他の空いてる席に移動お願いします。まー大丈夫だと思いますけど、、。”

まだ同じクリーン車両の席はたくさん空いているので、気にせずに乗っていると熱海から一人の男性が乗ってきた。よりによって自分の席とは違うよなーと思っていたら、どんどん近づいてくる。僕の目の前で足を止めたので、相手の顔を見たら、、、

坂田 利夫さんだった。

すいませんと謝って、後ろの席に移動し席を空ける。

どういう確率やねん?!

アホの坂田でアホキャラで長年仕事をされているけれど、実物は凄くお洒落で男の色気をもったダンディーな方だった。何だかんだでオーラがある。

どんな世界でも長く活躍している方はやはり何か普通の人にはない徳のようなものがそなわるのだろうか?

静岡に着いたら、県立病院の脳卒中ケアネットワークの会合に出席。僕にとっては専門分野になるのだけれど、他の専門外の内科の先生も熱心に参加されている。

幾つになっても自分を殻に閉じ込めずにいろいろなことを吸収すること!

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